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山下 清 の放浪

 

苦難が続いた幼少期

「僕は八幡学園に六年半も居るので 学園があきてほかの仕事をやらうと思ってここから逃げていかうかと思っているので へたに逃げると学園の先生につかまってしまふので上手に逃げようと思って居ました」

山下清は、初めて放浪に出たときの動機をこのように日記に書いています。

大正11年3月10日、山下清は東京市浅草区田中町(現在の東京都台東区日本堤)で生まれました。彼の幼少期は、災難が続く日々でした。

大正12年の関東大震災で家が全焼。3歳の時には重い消化不良を起こし、3カ月間、高熱にうなされ歩けなくなる程の重態となりました。運良く一命は取りとめたが、これがきっかけで軽い言語障害となり、更に知的障害に進行してしまったのです。

昭和3年、浅草の石浜小学校に入学しますが、言語障害・知的障害のために周囲の子供達から虐められるようになります。更に、父が病死するなどの苦難が重なっていきました。
温厚な性格の清は、子供たちからの虐めには取り合わず、虫取りや家にこもって絵を描くなどの孤独な毎日を過ごしていましたが、虐めがエスカレートするようになり、ついに暴力沙汰を起こすようになっていきました。

昭和9年、清の反抗的な行動に思い余った母は、清を千葉県の養護施設「八幡学園」に入園させたのです。
八幡学園で新たな生活を始めた清は、学園教育の一環として行われていた「ちぎり絵」との出会いにより画才を開花させ、独自の技法による「貼り絵」に発展させていきました。反抗的だった清は「貼り絵」と言う作業に心の安定を求め、自分の世界を見つけたのです。

しかし、その「貼り絵」でさえも清の心は満たされなくなっていきました。八幡学園での作品制作に没頭していた清ですが、この学園生活もしだいに束縛されていると思うようになり、学園に入る前の一人で虫取りをしていた自由な時間を求めるようになっていったのです。

 

 

 

 

 放浪中

 

 鹿児島にて

放浪への旅立ち

昭和15年11月18日、突然、山下清は八幡学園から姿を消しました。清が始めて放浪に出た昭和15年は、太平洋戦争の開戦の前年であり、日本は戦争ムードが深刻化していた時代でした。この時、清は18歳。翌々年に徴兵検査を迎える年齢となっていたのです。放浪の旅に出た清は、やがて徴兵され戦地に出兵することに恐怖を感じ、さらに放浪を続ける結果となったのです。

清の日記には、
「もうじき兵隊検査があるので もし甲種合格だったら兵隊へ行ってさんざんなぐられ戦地へ行ってこわい思いをしたり 敵のたまに当たって死ぬのが一番おっかないと思っていました」
と書かれています。

昭和18年、21歳になった清は徴兵検査を免れたと思い、新宿に住んでいた母の家に戻りました。放浪に旅立ってから3年半ぶりの帰宅でしたが、母は容赦なく徴兵年齢(20歳)を過ぎていた清を徴兵検査場に連れて行ったのです。しかし、結果は丁種不合格。出兵を恐れて放浪を続けた清ですが、皮肉にも不合格となり徴兵免除となったのです。これにより自由の身となった清は、再び放浪の旅に出て行くのでした。

絵を描くための放浪じゃない

山下清が放浪に出た理由は「学園生活の飽き」であり、さらに放浪を続ける原因となったのが「戦争出征回避」でした。しかし、もっと根底にあったものは自由でいたいという願望でした。
清の放浪生活は、暑い季節は北へ、寒くなってくると南下するといった、まさに本能の赴くままの旅です。そして、この放浪で清が求めたものは、何もしないで「ぼやっ」としている時間であり、この「ぼやっ」としている時間こそ、清の自由な空間だったのです。

18歳で放浪生活を始めた清は、学園生活や徴兵から逃げ出すことを「悪」と考えず、自分の正直な気持ちを表現した正しい行動と捉えていました。そして、心の安定と自由な時間を求め、本能の赴くままの旅を続けるのでした。

テレビドラマの「裸の大将放浪記」では、放浪先で絵を描き、さまざまな感動を残すストーリーとなっていますが、実際の放浪ではほとんど絵を描いていません。旅先で見た風物を自分の脳裏に鮮明に焼きつけ、実家や八幡学園に帰ってから自分の記憶によるイメージを描いていたのです。数ヶ月間、時には数年間の放浪生活から帰った清は、驚異的な記憶力により自分の脳裏に焼きついた風物を鮮明に再現していたのです。しかも、山下清のフィルターを通したイメージは、実物の風物より色鮮やかで暖かい画像となり、それが独特の貼り絵となっていったのです。

彼の日記にも、そのことが書かれています。
「ぼくは放浪している時 絵を描くために歩き回っているのではなく きれいな景色やめずらしい物を見るのが好きで歩いている 貼絵は帰ってからゆっくり思い出して描くことができた」

 

 

 

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